僕の就業契約が後3日ほどで切れようとしていた。が、隊長はそのことには何も触れなかった。代わりの人が補充できなかったのだろう。

木沼さんが謹慎処分で1週間仕事に就けず、ただでさえ人手が足りなかった。隊長の心労もわからなくなかった。約束ですから引き上げますとは言えなかった。

僕は、後1ケ月ほど飯場で過ごすつもりで隊長の前では約束を忘れたふりをして日々過ごした。文無しで転がり込んだところを助けてくれた木沼さんや隊長に恩返しをするのはこの時しかないと思った。

< 頭が悪いから、こんな仕事しかない…… >あの夜、木沼さんが風呂場でつぶやいた言葉を、ダンプの往来が途切れた時、ふと空を見上げながら思い出した。
仕事に貴賎などあるものか、と僕は思っているが、木沼さんには、自分には生涯肉体労働のような人の嫌がる仕事しかないというやりきれない思いがいつもあったのだろう。

木沼さんと僕は2歳しか年が違わない。大学で沢村たちとうかれ騒いでいた間にも、飯場を渡り歩き、辛い日々を過ごしてきたのだろうかと思うと木沼さんの前で気おくれし、居たたまれなくなることがたびたびあった。

1週間ほど、僕は髭を剃らないでいた。口もとから顎にかけて無精ひげが黒々とし、妙に大人びて見えた。顔も日に焼け、飯場に来た頃と比べ、いくぶん締ったような気がした。

6月はさすがに雨ばかりで、気が滅入った。月半ば、ちょっとした災難が僕にふりかかった。

その日、僕は木沼さんが事故を起こした正面ゲートに立った。ゲート前の4車線道路では、ひっきりなしに車が行き交い、間隙をぬうように出入り業者の車がゲート内に割り込み、誘導をもたついていると後続のダンプがクラクションを鳴らし、運転手が悪態をつき、唸るように排気ガスを撒き散らした。

誘導に戸惑った。途切れない車の流れを、どこで切ればいいのか判断がつきかねた。勢いよく走る大型車は誘導灯を高く掲げても中々止ろうとしない。車間距離を計りながら、一般車両を羊かんでも切るようにして止めると、ドライバーは窓越しに僕を睨みつけた。

昼過ぎ、相変わらず誘導に手こずり、工事現場から出ようとしているダンプを3台ほどゲート前に待たせていると、一番後ろのダンプの運転手が、窓を開け、苛立ったような顔で、早くしねえかよと怒鳴った。誘導がまどろっこしくて、業を煮やしたのだ。

そう言っても、こっちも懸命にやってるんだ。わざと聞かぬふりをしてやり過ごした。そのうちダンプのドアが閉まる音がして、運転手が近付いてくる気配がした。
「なにやってんだよ。急いでんだよ。こっちゃあ」
振り向くとすぐ真後ろに痩せた目つきの鋭い40過ぎくらいの背の高い男が立ち、睨み、すごんでいた。

男の剣幕にたじろいだが、男を前にしても僕は頭を下げ、謝ることはしなかった。それが気にいらなかったらしい。僕の胸もとをつかむと、「もたもたしてんじゃねえよ」と、男が毒突いた。

そのやりとりを聞きつけ、近くにいた人達が駆け寄り、仲裁に入った。その中に、いつか僕のバイクにじっと目を止めていたあの若者がいた。若者は男の胸のあたりに手をあて、なだめるように男を制した。男は気勢を削がれたのか、ケッと短く吐き捨てると、土を蹴り上げ、ふてくされた顔でダンプに戻った。

夕方、僕は食堂で昼間の若者を探した。一言礼が言いたいと思った。若者は璧際の席で、頭を短く刈り込んだ白髪混じりの初老の男と並んで食事をしていた。近付いて軽く若者の肩を叩き、振り向きざまに、「昼間はありがとう」と礼を言った。

若者は無表情で愛想がなく、軽くうなずくだけだった。そのうちきっと親しく話せるようになるだろうと思い、その場を離れた。

部屋に戻ると、隊長はテーブルの上に競輪の予想表を広げ黙々と赤ペンを走らせ、木沼さんはいつものように正座をしたままヘッドフォンを頭に掛け、テレビを見ながらカセットテープの音楽に耳を傾けていた。

昼間の男とのいさかいが頭の隅でうろつき、いらついたので、木沼さんに五目並べを無理に付き合わせ、風呂にも入らないで10時過ぎまでそれに興じた。

7月に入った最初の休みの日。僕は柏の街に出て、バイク用のワックスや錆落としを買い、ツーリングに必要な物を見て回った。雨が降るとレインスーツが必要だ。ウエストバッグがあると貴重品の収納に便利だろう。衣類はすべてリュックかサイドバッグに詰めればいい。観光案内所から北海道のパンフをかき集め、どこまでも一直線に延びる道を風とともにバイクで疾走している姿を想像した。

ふと立ち寄った店で、赤と黒のデザインのオフロードブーツを見つけた。どうにも我慢できず、3万円を超えたが思いきってそれを買った。ついでに同じデザインのモトクロスパンツも欲しくなったが、予算が足りず涙を飲み、代わりに地図や万能ナイフやプラグやオイルやらツーリングに必要な物を買い込んだ。

小物ばかり買い込み、ほくそえんで飯場に戻ると、部屋で木沼さんが横になって音楽を聞いていた。僕は、街で買ってきた品物を畳の上に一つひとつ並べ、ブーツを履き、北海道に着いたらトウモロコシ1箱とバケツ3杯分の毛ガニを木沼さんに送ると調子にのって約束した。

外に出ると、気持ちのよさそうな日溜まりが飯場の周囲に広がっていた。僕は、買ってきたワックスで、バイク磨きに精を出した。マフラーをなでるように拭き、エアクリーナーの小さな傷をさすっていると、
「いいバイクだな」
と、誰かが僕の肩越しに声をかけた。振り向くと、そこにはこの間の若者が立っていた。
「運転は?」と僕が訊くと、若者は首を横に振って「出来ない」と小さく答えた。
「バイト?」
と僕が尋ねると、やはり若者は首を振り、「違う」と聞き取れないような声で答えた。数日前食堂で会った時と同じで、若者の表情はどこか固く、とっつきにくかった。僕は「クズミヨウジ」と名乗り、大学生でしばらくこの飯場でバイトをしていると言った。

若者の強張った面持ちをほぐすように、僕が笑みを浮かべて話すと徐々にではあるが、若者も日に焼けて痩せた顔を緩め、名前を「スギマチケンジ」と名乗り、とつとつとした話し方でバイクの運転の仕方を訊いてきた。

杉町は僕と同じ20歳だった。そのことで親近感を抱いたが、杉町は僕が知っている大学の仲間たちとは違う何か独特な雰囲気を持っていた。口調にうわついたところがなく、瞳は一点に定まって、地を這うように生きてきた人間の気迫のようなものをそこから感じた。背は僕と同じくらいでとりわけ大男でもないのに、なぜか彼から威圧感すら覚えた。
「乗ってみるか」

そう言って、僕は杉町にバイクに乗ることを勧めた。杉町は嬉しそうに目を輝かせ、いいのか?といって少し躊躇したが、ぶつけてもかまわないからと勧めた。

杉町は恐る恐るバイクに股がり、不安げにハンドルやブレーキに触っていたが、やはりエンジンを吹かして運転することにはためらいを感じていたようだ。僕は杉町を後部座席に乗せ、飯場の周りを3周ほどして、運転の仕方を教えた。

飯場の周囲は枯れた草木の大地が広がり、障害物はなく、バイクの練習には格好の場所だった。杉町はほとんど黙ったまま乗っていたが、僕のオフロードバイクの走りに十分堪能していたようだった。

そのことがあって以来、ほとんど毎日のように杉町は僕が仕事から帰ると、バイクの運転を教えてくれとせがんだ。そんなにこのバイクが気に入ったのかとまんざら悪い気もしなくて、空腹で平伏しそうだったが、いつかのお礼もあると思い、杉町に付き合った。

杉町のバイクへの思い入れはどこか常軌を逸しているところがあった。仕事を終えて疲れているにもかかわらず、杉町は毎日周囲の見通しがきかなくなるまで飯場の傍の空き地でバイクを乗り回していた。毎日小1時間ほどの練習ではあったが、1週間もすると僕が傍で見ていなくても杉町は十分1人でバイクを乗りこなせるまでなっていた。


10. 不可解な杉町の言動 >


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